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関西 · 和歌山県 · 新宮市

御燈祭り

Otō Matsuri

和歌山県新宮市の神倉神社の例祭。白装束に荒縄を締めた2,000人ほどの上り子が、御神火を受けた松明を手に、538段の急な石段を一気に駆け下りる火祭り。熊野速玉大社の摂社で、国の重要無形民俗文化財。毎年2月6日の夜。

次回

2027年2月6日

97日後

毎年 2月6日

今後の開催: 2027年2月6日 / 2028年2月6日 / 2029年2月6日

由来

神倉神社は熊野三山の一つ、熊野速玉大社の摂社で、ゴトビキ岩と呼ばれる巨岩をご神体とする。日本書紀に天ノ磐盾と記され、熊野の神々が降り立った霊山といわれる。熊野年代記には、敏達天皇3年(574)正月2日に神倉山が光を放ち、翌年の正月6日の夜に神倉の火祭りが始まったと記されている。祭りの本義は、旧暦の正月にあたって神聖な火を祈願者の松明にいただき、各家庭に神を迎えることにある。上り子は松明の燃え残りを持ち帰って家にまつり、神棚に灯明をあげ、かまどに火をともして歳神を迎える。熊野の新しい1年はこうして始まる。昭和39年(1964)に和歌山県の無形民俗文化財となり、平成28年(2016)に「新宮の速玉祭・御燈祭り」として国の重要無形民俗文化財に指定された。

見どころ

午後8時ごろ、山上の鳥居の木戸が開くと、松明を手にした上り子が538段の石段を一気に駆け下りる。闇に連なる炎は、地元の新宮節に「お燈まつりは男のまつり 山は火の滝 下り竜」と唄われる。上り子は夕方、町のあちこちから現れ、互いの松明を打ち合わせて「たのむでぇ」と声をかけ合いながら、阿須賀神社・熊野速玉大社・妙心寺を巡る「三社参り」をして神倉山へ向かう。山上では宮司が火打石で御神火をおこし、大松明に移された火が上り子の松明へ次々と分けられていく。辺りが火の海となり、火の粉と煙の中で木戸が開くのを待つ時間は、上り子にとって苦行の時間。源頼朝が寄進したと伝わる石段は、鎌倉積みと呼ばれる自然石の荒々しい造り。

見方と作法

御燈祭りは、上り子と呼ばれる祈願者が身を清め、祈り、御神火を家に持ち帰る神迎えの祭りで、祭り囃子や夜店でにぎわう一般のお祭りとは違い、静けさに驚く人もいる。祭りの日は、上り子と神社関係者、神社の許可を受けた人以外は神倉山に入れない。通常の参拝は正午までで、午後からは女人禁制になり、女性は境内に入れない。見物の人は男女とも、神倉神社のふもとの太鼓橋の手前まで行くことができる。見物席は無く、地元の人は神倉神社が見える沿道から、山上に火がともる瞬間や、火が下りてくる様子を見る。上り子として参加できるのは男性で、新宮市観光協会が白装束や松明の買える場所を案内し、当日は着付けを手伝っている。祭り中の事故について観光協会は責任を負わないので、承知の上で参加する。

行くなら

見るなら午後8時ごろ、上り子が石段を駆け下りてくる瞬間。山上に火がともり、上り子が下りる様子は、神倉神社が見える国道42号線沿いから見られる。駆け下りた上り子を間近で迎えるなら、神倉神社のふもとから神倉小学校の校門前までの沿道で、ふもとの太鼓橋の辺りは先頭を争う上り子を見る人で特に混み合う。夕方の三社参りは、阿須賀神社などで間近に見られる。神倉神社へは、JR紀勢本線の新宮駅から歩いて約20分。祭りの日は神倉神社の周りの道路が駐車禁止になり、夜は車両の通行規制がある。

会場

神倉神社・新宮市街

新宮市, 和歌山県

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出典

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