九州・沖縄 · 鹿児島県 · 曽於市
弥五郎どん祭り
Yagorōdon Matsuri
鹿児島県曽於市大隅町の岩川八幡神社の秋の例大祭で、県下三大祭りの一つ。身の丈4m85cmの大人形「弥五郎どん」が、神幸行列の先頭に立って岩川の市街地を練り歩く「浜下り」が見どころ。国の重要無形民俗文化財。毎年11月3日。
次回
2026年11月3日
2日後
毎年 11月3日
今後の開催: 2026年11月3日 / 2027年11月3日 / 2028年11月3日
由来
岩川八幡神社は万寿2年(1025)に京都の石清水八幡宮から勧請されたと伝わり、大正3年(1914)に今の地に移った。弥五郎どんは、その年の山野の収穫を祝って感謝を捧げる秋の例大祭で、浜下りと呼ばれる神幸行列の先払いを務める。養老4年(720)に朝廷軍が隼人の抵抗を鎮めた際、あまりに多かった隼人の戦死者を慰めるために営んだ放生会が始まりとされる。正体ははっきりせず、古代の隼人の首領とも、300歳の長寿を保ち六代の天皇に仕えた武内宿禰ともいわれる。南九州に多い浜下りの一つで、平成4年(1992)にはスペインのバルセロナで開かれた巨人の祭典にも招かれた。平成31年(2019)に国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選ばれ、令和7年(2025)に「岩川の弥五郎人形行事」として国の重要無形民俗文化財に指定された。
見どころ
昼過ぎ、組み上がった弥五郎どんが岩川八幡神社を出て、約3時間かけて市街地を練り歩く浜下り。弥五郎どんは身の丈4m85cm、25反もの梅染めの衣をまとい、ぎょろりとした目に太い眉、腰に大小2本の刀を差した武人の姿。台車に載せられ、地区の子どもたちが「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声をかけながら綱を引く。行列は太鼓隊、弥五郎どん、大傘、神輿、幟や矛の順に進み、御旅所で休んだあと神社へ戻る。いちばんの見せ場は、通称「イナバウアー」と呼ばれる、高架橋の下をくぐり抜けるところ。祭りは夜中から始まる。「弥五郎どんが起きっどー」と若衆が太鼓を叩いて地区中に触れ回り、社殿の中で竹籠の体を組み、衣を着せ、面を付ける。明け方、境内に出された弥五郎どんが綱に引かれて一気に起き上がる「弥五郎どん起こし」も見もの。
見方と作法
岩川八幡神社の例大祭で、弥五郎どんは神幸行列の先払い。浜下りの綱を引くのは地区の子どもたちで、見物の人は沿道で行列を迎える。明け方の「弥五郎どんお起こし」は、一般の人も加わることができる唯一の場面で、起こしに加わった人は「身体が強壮になり、運気ますますめでたくなる」といわれる。祭りの日は神社の周りが歩行者天国になる。
行くなら
見るなら昼過ぎからの浜下り。明け方の弥五郎どん起こしから見るなら、夜のうちに岩川八幡神社へ。神社は曽於市大隅町岩川にあり、東九州自動車道の曽於弥五郎インターに近い。祭りの日は臨時の駐車場が設けられ、浜下りの経路は通行止めになる。
会場
岩川八幡神社・岩川市街(曽於市大隅町)
曽於市, 鹿児島県
地図で開く出典
- 曽於市「11月3日は弥五郎どん祭り!」(毎年11月3日、県下三大祭り、令和7年に国の重要無形民俗文化財、4m85cm、浜下り、チラシ)
- 曽於市「弥五郎どん祭り」チラシ(11月3日(祝)、浜下りの経路と出発、通行止め、駐車場、曽於弥五郎インター)
- 曽於市「岩川八幡神社の弥五郎どん祭り」(25反の梅染めの衣、大小2刀、隼人の首領・武内宿禰の説、ふれ太鼓、浜下り約3時間、万寿2年の勧請、大正3年の移転、平成4年のバルセロナ)
- 文化庁 国指定文化財等データベース「岩川の弥五郎人形行事」(重要無形民俗文化財、2025年3月28日指定、公開期日 毎年11月3日、男児たちが引く)
- 文化庁 国指定文化財等データベース「岩川の弥五郎どん」(2019年選択、触れ太鼓、社殿での組み立て、弥五郎どん起こし、浜下りの行列の順、子どもが曳き手、御旅所から神社へ、5日の例祭で解体)
- 曽於市観光協会「岩川八幡神社の弥五郎どん祭り」(毎年11月3日、養老4年の放生会が始まり、昭和63年県指定、令和7年国指定、大刀・小刀・鉾の寸法)
- おおすみ観光未来会議「11月3日に弥五郎どん祭りが開催されます!」(2023年11月3日、高架橋下をくぐる通称イナバウアー、弥五郎どんお起こしは一般の人も参加できる、身体が強壮になり運気ますますめでたくなる)
- 鹿児島県観光連盟「2026 弥五郎どん祭り」(毎年11月3日、曽於弥五郎ICから車で約5分、駐車場あり)
- 南日本新聞 2025年11月2日「弥五郎どん祭り あす3日開催」(神社周辺は歩行者天国、浜下りの経路は全面通行止め)
- 鹿児島県「祭り」(弥五郎どん祭り=岩川八幡神社の大祭、浜下り、4.85mの巨人、バルセロナの世界巨人大会)